権田猛資の台湾ノート

台湾生活の中で見たこと、学んだこと、考えたことを記録していきます。

台湾を学ぶ会「台湾少年工・東俊賢さんが語る戦争体験」の開催報告

9月21日(土)1830分より、台北市松江路のIEAT松江會議中心にて、台湾在住作家の片倉佳史さんが主催する日台学びのイベント「台湾少年工・東俊賢さんが語る戦争体験」が開催されました。

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ゲスト講師の東俊賢さん(左)と台湾在住作家の片倉佳史さん(右)

当日は50名の会議室がいっぱいになりました。東さんが台湾少年工として実際に目撃したり、経験したりした貴重な戦争体験の証言を、片倉佳史さんの解説付きで拝聴できる大変贅沢かつ学びの多い濃密な3時間でした。

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東さんの話に熱心に耳を傾ける参加者

1930(昭和5)年に日本統治時代の台南郊外で生まれた東俊賢さんは今年89歳。先の大戦末期の1944(昭和19)年、台南商業学校に在学中に海軍戦闘機を製造する「高座海軍工廠(空C廠)」の募集を先生から聞き、時代の趨勢に乗って技術を学びたいと、内地(日本)行きを決意して14歳で志願。日本では神奈川県追浜の海軍航空技術廠(空技廠)に配属され、航空機の部品を溶接する部署に所属し、特攻兵器「桜花」やロケット戦闘機「秋水」の製造に携わりました。

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台湾少年工の戦争体験を語る東俊賢さん

講演では、空技廠での戦争体験を中心に、東京大空襲翌日の浅草の様子、撃沈される直前の空母「信濃」、そして「桜花」の組立工場に部品を届ける極秘任務など、東さんにしか語ることのできないエピソードが盛り沢山でした。

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以前から東さんは「台湾少年工の中でも追浜の空技廠に所属して、『桜花』や『秋水』のことを知っている台湾人は他にいないからね。たくさん話したいことあるよ」とおっしゃっており、今回のイベントでも参加者の方に自分の経験を伝えたいという気持ちが強く伝わってきました。

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また今回、講演の開催決定から当日まで一週間ほどしかありませんでしたが、当日会場で販売するため、自身の体験を綴った著作を新たに15冊印刷し、準備いただきました。東さんの自身の経験を後世に残し、伝えていきたいという責任感、使命、あるいは執念を感じます。

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今回のために印刷した15冊はあっという間に完売しました

イベントから4日経った925日、東さんにランチにお誘いいただきました。先日のイベントの感想を聞いてみると、「色々、当時のことを知っている人は少ないから、まだまだ言いたいことはある。日本人が知らない事実はまだあるよ」と今後も講演などで自身の経験を伝えていきたいという意気込みを聞かせていただきました。

現在、「桜花」や「秋水」などの製造に従事した空技廠での経験を中心に新著『決戦秘密武器【桜花、秋水】極秘現場を知る唯一の台湾少年工(仮題)』を執筆中とのことです。

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台北市内の日本料理店にて(2019年9月25日撮影)

台湾少年工として日本のために日夜働いた東さん。そこで血となり肉となった最先端の「技術」を誇りに戦後も技術者としての道を歩まれました。

 

東さんの語る戦争体験は悲しさや残酷さだけでなく、力強さや誇りも感じます。それは戦時中に懸命に学んで技術を身につけ、戦後、それを生きる糧としてたくましく生き抜いてこられたからこそ、滲み出てくるもののような気がします。

 

東さんが実際に見て、体験した貴重な証言の数々をもっと多くの日本人に知っていただきたいなと思いました。

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日台学びのイベント参加者の皆様との集合写真